先輩からのメッセージ

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先輩からのメッセージ - 在学生第1回 伊藤浩史さん

知能システム科学専攻を修了し活躍している先輩からのメッセージや現在,在学中の先輩からのメッセージをお届けします.

生物と情報の"はざま"で

伊藤浩史さん 伊藤 浩史(いとう こうじ)さん
入学年:2002年修士2004年博士
修了年:2004年修士2008年博士予定
出身大学(高専):東京工業大学
現職(学年):D3

 現在、私はとあるバクテリアの体内時計の研究を実験と理論の両面からしています。何故この研究をすることになったか、少し昔を振り返ってみようと思います。

 そもそも私は大学に入学するときに生物系か情報系か興味ある二つのどちらにしようか悩みました。私が高校生であった時というのは日本において普通の家庭にインターネットが広まり始めた期間であって、その後自分の人生がどこにつながっているのかというより華やかに見える分野として情報系を選び、入学した後は制御工学の学科に進みました。制御工学はN. Wienerが立ち上げに深く関わった学問ですが、彼もまた生物への興味から分野に参入したのでした。学部の授業では古典制御論、現代制御論の基礎をたたきこまれました。計算と生物が好きな私も楽しんでロバスト制御、最適制御などの理論を学びましたが、しばらくしてあるあせりがでてきました。いま勉強している制御論の延長線上には、当然ロボットなどを通して生物そのものへの志向性があるものの私のような凡才では一生かかっても生物へ到達しないのではないかというあせりです。大学3年生の頃の事でした。

 修士でどの研究室へ行こうかという時、生物の研究を正面からしてみたいと漠然と考えましたが、さりとて制御工学をただ少しかじっただけの学生がどちらの方向に走るべきなのかそれは全く見えていませんでした。きっかけは忘れましたが偶然自分の大学に生物志向の情報系の先生がいることを知り、山村雅幸先生の研究室に所属しました。ここには生物系から来る学生が毎年いて私に多くの知識を授けてくれました。その中で生物の体内で自律的に発生する24時間周期のリズム「体内時計」と制御工学でたたきこまれたフィードバック制御が密接にリンクしているらしいということを知り、長らく自分の中で乖離していた何かがつながる予感がしてドキドキしたことを覚えています。私は体内時計の研究に着手しました。

 博士課程では、さらに生物への志向性が押さえられず、修士の頃やっていた計算機実験に加えて生化学/分子生物学実験を名大理学部の近藤孝男先生のところに受託研究学生としてうかがって始めました。あこがれていた生物に直接ふれられるというので私は大変嬉しかったのですが、当然生物実験の素人なので研究の進みは遅いのです。それでも体内時計の起源を探す中で細胞の中にBZ反応のような自律的な振動系が存在することを新たに発見し、さらにそれが長時間継続する事を発見してびっくりしたりしました。また生物系の分野では生ものの実験がとても重要で、私がかつて夢中になっていた理論のアプローチは不人気であるということに驚きました。システムバイオロジーやバイオインフォマティクスという言葉を知らない生物学者はいなくなりましたが、ツールとしての価値を認めても意識が変わるのはしばらく先になりそうです。

 さて、最初に戻って生物系か情報系かというかつての悩みはどうなったかといえば、今でも自分の専門は何ですか?と聞かれたときにどう答えればいいかいう問題にすり替わって私の中に居座りつづけています。私はただ自分の心の赴くまま研究を進めているだけですが、周りに言わせれば生物と情報の"はざま"にいるようです。その"はざま"はひとりの凡才な研究者が生き延びる事ができるような豊穣な土地なのでしょうか。それは今のところわかりませんが、"はざま"などと呼ばれている限りはちゃんとした分野になっていないことは確かです。しかし私は"はざま"で孤軍奮闘しているわけではなく、知能システム科学専攻の先生方や学生たちもまた、情報科学、脳科学、生物学、経済学、認知科学、統計力学の間の"はざま"にいると他人に言われながら、分野を切り開く努力をされている場合がほとんどのように思います。既存の学問分野を学んだが満足できず、不利は十分承知で大胆不敵に"はざま"へ突撃してみたい人、そのような人はこの専攻の中に居場所があるかもしれません。